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函館周遊:寺

市電函館どっく前駅から弁天台場跡とは反対側の魚見坂を登って、
西小学校を通り過ぎた先には、高龍寺というお寺があります。
私が行った時は時間が遅かった(17:30頃?)せいもあって閉まってた。
ショックで写真を撮るのを忘れた。(笑)
高龍寺はもともと弁天町にあって、明治12年に現在地に移転したらしい。
箱館戦争時は野戦病院として使われてて、
会津藩士らが新政府軍に惨殺されるという悲劇が起こり、
その慰霊碑として「傷心惨目の碑」が建てられたんだとか。
函館市内で最も古いお寺なんだそうですよ。
称名寺

高龍寺の次に古いのが、この称名寺なんだとか。
西小学校と西中学校の向かい側にあります。
このお寺も元々は弥生町にあったのが、明治14年に現在地に移転。
土方さんをはじめとする新選組隊士達の慰霊碑があり、
他にも有名な碑や有名人のお墓があるそうです。

新選組隊士の供養碑

やっぱり華が捧げられてて嬉しい。土方さんの名前も刻まれています。
この碑は入るとすぐに見つかりますが、他の碑やお墓にお参りする際にも、
地図が書かれた案内板があるので、迷うことはないと思います。

実行寺

称名寺の隣にある実行寺
特に慰霊碑などは無かったように思いますが、どうかな・・(汗)
函館の侠客柳川熊吉さんと、この寺の当時の住職さんが、
賊軍不弔の令に逆らって、市中に放置されていた旧幕府軍戦死者を
この実行寺に埋葬してくれたという話があります。
当時、実行寺は現在地ではなく、弥生小学校の位置にあったようです。
称名寺と同じく明治14年に現在地に移転。
明治12年に大火があって、どのお寺も多かれ少なかれ被災したらしい。
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