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霊山歴史館 ~新選組疾風伝~

見てきました!

霊山歴史館(新選組疾風伝)

撮影NGだったので、メモだけ。

大和守源秀国 
銘 「大和守源秀國 慶応二年八月日」
銘(追加分) 「幕府侍土方義豊戦刀 
 秋月種明懇望帯之 秋月君譲請高橋忠守帯之」
刃長 68.7cm   反り 1.4cm   樋なし

土方歳三さんの愛刀。
入ってすぐのところにあります。看板刀。
ちゃんと裏銘も見えるように展示されてますし、解説も細かい。
詳しくは『歴史人別冊 真説 土方歳三と新選組』がオススメw
(いつの間にかマイショップ機能なくなってたんですね;;)

刃文はまっすぐです。井上松五郎さんのもまっすぐ。直刃。
会津城で見た秀国(元興)の刃文は波状だったので、
京都で量産するようになってから直刃になったぽい?
直刃の方が丈夫で、実用刀には向いているそうです。

縁金に梅が入ってるの良いですよね( *´艸`)
鞘などには、かなり使い込んだ跡があります。


陸奥大掾三善長道 (個人蔵)
銘 「陸奥大掾三善長道 延宝五年八月」
ゆるい波状の刃文。樋なし。

近藤勇さんの愛刀。
池田屋事件の褒賞として、会津藩主・松平容保から受領。
その後、新政府軍によって近藤さんが斬首された後、
土佐藩士の谷干城がこの刀を藩主・山内容堂へ献上し、
一時は靖国神社に納められていたそうです。


阿州吉川六郎源祐芳 (個人蔵)
銘 「阿州吉川六郎源祐芳 慶応元丑年八月日」
まっすぐな刃文。樋なし。
正確にはどうかわかりませんが、上記2つの刀より長く、
反りも強いように見えました。

近藤勇さんの愛刀。
これは刀そのものよりも、鞘書が気になるっていう(笑)。
近藤さんの首が京都の三条河原で晒された後、
誰かがその首を会津の天寧寺に運んで埋葬した、という内容。
会津では、その伝承は昔からあるようです。
まあただ明治期に土方さんの親戚や永倉さんなんかが
京都で近藤さんの首を探してたりもしているので、謎ですw


以下、他に気になったやーつ。

山城守源一法
銘 「(菊紋)山城守源一法」

今井信郎さんの脇差。
今井さんは見廻組隊士で、蝦夷共和国では陸軍奉行添役。
坂本龍馬暗殺メンバーにも加わっていたとか。
戊辰戦争時に資金難のためいったんこの刀を売ったものの、
戦後になって買い戻したんだとか。気に入ってたんですね。


龍馬暗殺に使われた脇差
錆びてボロボロ。

ひぇ…って感じですけど(笑)。
見廻組隊士・桂早之助さんの刀だとか。
一緒に本差の方も置いてありました。
ちなみに桂早之助さんは鳥羽・伏見の戦いで戦死…。


他には、西郷隆盛の介錯をした刀もありました…ひぇw

あと、2階のメインどころは島田魁さんの遺品類かな。
前川邸のご主人が作った壬生屯所周辺の模型もありました。

メモφ(..)
○坂本龍馬と親しい岡本健三郎が描いた
近藤勇晒し首図絵の写し
○新徴組隊士・瀬尾権三郎の刀
瀬尾さんは西南戦争にて戦死
○島田魁宛の借用書は政治献金?
○慶応3年に助成金交付
○ツンナール銃は日本に2丁のみ
○「鉾とりて~」の和歌は島田さんの筆跡じゃなく
誰が書いたのか不明
弁天台場にいた新選組隊士達が詠んだ歌集
○島田さんは帯刀したまま降伏
○島田さんの若い頃の写真は肖像画
画家の領収書が残ってる

以上!
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Tag : 新選組 土方歳三 近藤勇

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