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『市河晴子筆記』

『渋沢栄一伝記資料』第1巻に所収されているこの筆記。
『知れば知るほど面白い人物歴史丸ごとガイド-土方歳三-』に、
ほぼ全て引用?されているので、知ってる人多いのかな?
市河晴子さんてのは、渋沢さんのお孫さんらしいですよ。

式台の前で渋沢は土方に、「しからば、これで」と会釈する。新選組は、「ご油断なく」と答えて、その辺を警戒する。一人は土方が頤(あご)で合図すると、裏の方へ見張りに廻る。

どこがツボかわかりますか。
そうですよ!!"あごで合図"ってとこですよ!!言わずともGO!?
"顎で使う"ってやつですか!?(笑)ああ、かっこいい!(言ってろ)
土方さんに顎で使われた人、誰だったんだろう。羨ましいぞ☆
・・・山崎さんか?(イメージ的に)監察っぽい。 顎で使うっていう意味を広辞苑で調べると、
【高慢な態度で人を使う】って書いてありました(笑)。
大河の土方さんだと、そんなイメージがありますけど、
市河晴子さんの筆記だと、

新選組は、組の性質上、土方なども若い人達を「召し連れて来た」とは云わず、「同道」程度にあしらっていたと(祖父様は)おっしゃった。

てあるので、"高慢"ではないみたい。上下なく、皆同志って感じ?
そのせいで松本良順先生に怒られたりしてますが(汗)。
松本先生に怒られたのが慶応元年で、渋沢栄一さんとの事件が慶応2年。
(慶応2年のいつ頃かは微妙。)
・・・・・そうそう組の性質は変わらないってこと?
それとも、土方さんの扱いが上手いんですかね。(と思いたかったり)
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COMMENTS

「市河晴子筆記」の存在を知ることができ、その点では感謝いたします。しかしながら、「渋沢栄一伝記資料」第1巻ならびに「知ればしるほど…土方歳三」を調べてみましたが、この筆記が第1巻のみに収載されているのではなさそうなこと(引用されている筆記が第1巻には収載されていません)、また「知ればしるほど…土方歳三」で「市河晴子筆記」が引用されているのは「渋沢栄一秘話」と題する章のみらしいことから、”ほとんど全てが引用?…”の部分も事実とは違っていることなど、細かいことかもしれませんが、結構重大な誤りを含んでいると思われるのですが、いかがでしょうか。

>津田京一郎さん☆

はじめまして!コメントありがとうございますッ(≧∀≦)vV

えと、詳しいことはよくわからないんですが;汗、私は『渋沢栄一伝記資料』第1巻の431ページ~434ページに掲載されていた「市河晴子筆記」を見て、この記事を書きましたよ♪♪そうですね、「市河晴子筆記」について書かれてるのは「渋沢栄一秘話」ってとこだけですね☆★

どうも話が合わないのでおかしいと思っていたのですが、「あるゆ」さまのご覧になったのは渋沢栄一伝記資料刊行会から再刊されたほうの「渋沢栄一伝記資料」第1巻なのですね。私の手元にあるのはS19に岩波書店より発行された、「渋沢栄一伝記資料」第1巻なので、総頁数646頁ですが、第1部在郷時代第2章青年志士時代までしか収録されておらず、431ページ~434ページには「市河晴子筆記」は掲載されていません。再刊本の方は頁数も増え、第2部亡命時代及ビ仕官時代の第2章までが含まれているようですから、、431ページ~434ページに「市河晴子筆記」が掲載されているのかもしれません。新たに図書館で借りて確認致します。「渋沢栄一伝記資料」は1巻のみが複数存在することが混乱の元だったようです。

>津田京一郎さん☆☆

なるほどォ!私が見たのは再刊された方だったんですね!∑(・Д・!!
参考資料を挙げる時は、発行元と発行年も重要って言いますもんね。すっかり忘れてました。笑
謎が解けて良かったです!
わざわざ調べてくださってありがとうございます>_<*

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