土方歳三の誕生日は、五月五日端午の節句*゜*。+゜*

光栄にもお問い合わせをいただいたので、記事にしたいと思いますw
基礎のようなマニアックのような(笑)。
注:私の知っている限りのことなので、他に情報がありましたらぜひコメントを☆

土方さんの生まれた年は、天保六年。
西暦で言うと、だいたい1835年です。
これは土方家の「過去帳」に明記してあるらしく、
また天保九年の石田村高幡金剛寺「宗門人別帳」にも、
(※新選組のふるさと歴史館『新選組誕生』より)

倅 大作 拾才   ←良循兄さん
娘 らん 八才   ←ノブ姉さん
倅 歳蔵 四才



て、書かれてまして、
天保六年に数え年1歳だったら、その三年後は4歳だから合ってる。
ちなみに天保六年のもあるんだけど、そこには土方さんの名前ありません。
…生まれる前に書かれたのかな??
たまに史料なんかで土方さんの生まれ月が「正月」ってなってるけど、
たぶんそれは「五」と「正」の見間違えじゃないかと思ってます。勝手に。

土方さんの誕生日は、五月五日。
鯉のぼりを飾る日ですね~菖蒲を飾ったりもするそうです。
子どもの日(笑)。可愛い♪♪難しく言うと端午の節句。
これ、生まれ年ほど確かな公的な史料は無いみたいなんですよ。
江戸時代、誕生日会とか無いし、
年齢の数え方も正月に1つ年を取るという"数え年"なので、
みんな自分の誕生日なんて知らないことの方が多いようです。

じゃあ何の史料を元に土方さんの誕生日が5月5日なのかと言うと、
佐藤彦五郎家に門外不出として伝わる『離蔭史話』という史料。
「離」には竹冠が付きます(出ない…;)。
門外不出なので、ほとんど誰も見たことないっぽいです。
多摩郷土史研究家の故・谷春雄さんの談話でチラッと出てきます。
(※日野郷土史研究会『ふるさとが語る土方歳三』より)

 (土方歳三が)生まれたのは天保六年、これだけは土方家の記録で間違いないようですが、佐藤家の『離蔭史話』の中に、軒へ菖蒲を葺いた五月五日に生まれたという話があるんです。

大空 軒へ菖蒲を葺くといいますと?

 家の入口に軒がありますね。昔の草屋根ですから、これへヨモギと菖蒲を一緒にしたのを三ヵ所ぐらい刺すんです。これを菖蒲を葺くっていうんです。それがいわゆる端午の節句の一つの行事なんです。それを葺いた時に生まれたという話があるんですが、これはちょっと出来すぎかなと思って。それで、実は土方家に人別がないかと思って探しているんですが、どうしても土方家の人別が出てこないんです。

大空 宗門人別帳のことですか。

 そうです。これだと何月何日生まれというのがちゃんと出てきます。それが今のところ分らない。ですから『離蔭史話』に五月五日というのが一応出てきますので、それを根拠にする以外にないんです。



石田村宗門人別帳と土方家人別帳って別もんなんですかね?
よくわかりませんが、公式史料はまだ見つかってなさそう。

「出来すぎ」(笑)と思ってるらしい谷さん。
私は全然構いません。
5月5日?いいんじゃないですか??土方さんらしくて。笑

<追記>ちなみに菖蒲の花ってこんなん。
菖蒲(あやめ)
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COMMENTS

おお~~!なぜ今ごろこの記事を??(笑)
私、今年の5月に全く同じ内容の記事を書いていた
ので、TBさせてくださいね。
この谷さんが言ってる宗門人別帳が、
不完全ながら土方智家から出てきたそうなので、
生まれ年は確定、したそうです。
私も5月5日って、歳三らしくていいと思いますよ♪
子供の日、だもんね!

>julesさん

5月に書いた方がいいような気がしたんですけど、私忘れっぽくてすぐ記事にすんの忘れちゃうもんで;;覚えているうちに記事にしました。julesさん、もうとっくにこういう記事書いてたんですね☆

土方智家から出てきたってことは、やっぱり人別帳は石田村高幡金剛寺の宗門人別帳のことみたいですね。その出てきた人別帳は、活字化されて新選組のふるさと歴史館発行『新選組誕生』に収録されてます♪♪

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五月五日は本当に歳三の誕生日か??

昨日は頭の中が宝塚一色☆☆だったので、すっかり忘れておりました(爆) === 天保六年(1835)五月五日 土方歳三 生誕!! === おめでと~ございます~~~!http://www.charamigo.com/blog/GW06_marunobori.gif ・・・・と、言いたいところですが。。。 こ?...