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フォーカスオン多摩:旧富澤家住宅

蝦夷レポも渡仏レポも終わってませんが、多摩レポをします。(オイィ

先日、日野宿文書検討会さんの定例会に一般参加した折、
ちょうど会場がこの旧富澤家住宅だったんですよ。
もともと日野領にあった建物を、平成2年に復元・移築したそうです。

旧富澤家住宅

場所的にもわかるかと思いますが、ここは土方さんに関係があります。

土方歳三の日記を持ち帰った人の家です。

武州日野から上洛した土方さんは京都に着いてからずっと、
自分で日記を付けていたようなんですね。
で、元治元年、公用で京都へ来ていた富澤忠右衛門(忠恕)さんに、
自分の日記等を多摩へ届けてくれるよう頼んだわけです。

おそらくその時一緒に託されたらしい手紙にこう書いてあります。
(宛先不明ですが、佐藤彦五郎宛ではないかと言われてます/現意訳)

…私は、昨年の春より京都へやって来ましたが、特に「御奉公」と言えるだけのことはできていません。しかし、今すぐにでも将軍より命令が下れば、速やかに(出陣して)戦死することも厭わない所存ですから、そのように覚悟していてください。
死んでしまってからでは、(あなたに)何も送ることができなくなりますので、(今のうちに)これまでの日記帳一冊と、正月二十一日に将軍より…(※ここで手紙が切れています)


これこれ!!ヽ( ̄口 ̄*ノ
もう、せっかく本人から託されたんだから、ぜひ見つかってほしい。
小島さん家の日記や伊東成郎さんの著書にも詳しく書いてあるけど、
たぶん毎日書いてる日記じゃなくて、事務的な記録だと思われ。

土方歳三の日記 土方歳三の日記
伊東 成郎 (2000/06)
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戦前の資料に、「土方の手記」として引用されてる部分はあるそうな。

とりあえず土方さんの日記談義はここまでにして(笑)、
富澤忠右衛門さんとはどういう人かと言うのをザッと紹介します☆

富澤忠右衛門さんは、文政7年生まれで、土方さんより11歳年上です。
15歳で天然理心流の近藤道場に入門し、
若い頃から漢学、儒学、茶道、華道、和歌にも長けていました。

だから剣術で言うと土方さんの兄弟子でもあり、
趣味の点でも、先輩と言える人だったんだと思います。
富澤家住宅には剣術道場もちゃんと備えられてたみたいですよ。

そして彼は、武蔵国日野領蓮光寺村の名主です。

土方家も一時は名主だったと言うし、
お大臣家と言われるほど豪農だったのだから、
もともと近所付き合いがあったかも知れないですが、
同郷で同門、趣味も合う。
土方さんがめちゃくちゃ懐いていたのは確かかと。笑
富澤さんは自分でも京都滞在中の日記を残していまして、
題名を『旅硯九重日記』と言います。
同郷の土方さんと井上さんがしばしば登場しては飲んでます。
井上さんが土方さんのお守りに見えて仕方がないわけですよ!(おい)

最後に旧富澤家住宅のお庭の写真を載せますwこういう庭大好きw

旧富澤家住宅庭園
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