Église Ste. Marie Madeleine マドレーヌ寺院

渡仏レポ再び。

オペラ座の次、どこ行く~?と言う話になり、
ヴェルサイユ宮殿は遠いし(遠いとか言うレベルじゃなかったけど)、
ノートルダム大聖堂はいまいち場所がわからなかったので、
比較的近くにあったマドレーヌ寺院へ行くことに。

Église Ste. Marie Madeleine マドレーヌ寺院

マドレーヌ寺院入口

建物大きすぎて全体撮れないよ!!汗
ここも交差点のど真ん中にあるんだよね、パリおもしろい。
なんか教科書で見た、ギリシア神殿?とかなんかそんな感じ。

1764年から建設開始されたものの、
いろいろ革命とか戦争とか色々あって中断されて、
ついに完成したのは1862年(文久2年)なんだとか。
この時代に完成したり改修した建物多いですね、パリ万博の影響かな?

内部は写真撮っちゃいけないので、絵葉書を買ってみた。
※下の写真は私が撮ったんじゃなくて、これは絵葉書の写真ですよv

マドレーヌ寺院

本当、ここも、もんのすごい豪華なところでした。
奥中央にマリア像?なのかな、でっかい像がどどどーんとあるんです。
その前で、司教様とかが教えを説いたりするんだと思うんですが、
こんな場所で説かれたらそりゃ改宗しちゃうのも頷けるような雰囲気。

宗教にとって像とか豪華さってすごく重要だなーて気がした。
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COMMENTS

No title

あるゆさん、ぼんそわ~

仏蘭西レポ、待ってました!
意外に思われるかもしれませんが、マドレーヌ寺院は行ったことがないです。
教会の入口と観光客の大きさを比較すると、いかに建物が大きいかわかります。
教会は幅が狭くて、奥行きがある建物が多いですが、ここは幅も広いんですね。

日本では幕末にあたる時代に新築されたり、完成した建物がパリに多いのは、当時の(パリ市を含む)セーヌ県知事のオスマンがパリの街の大改造を行ったからです。
前にも書きましたが、このパリ大改造によって今のパリ市街の原形ができました。
なので、幕末にパリを訪れた日本人が見たパリの街並と、今のパリの街並はそれほど変わらないのです。

パリのノートル・ダム寺院はシテ島にあります。
でも、オペラ座界隈からノートル・ダム寺院は、歩きで行くにはちょっと距離がありますね。

>まやこさんw

ぼんそわーw

なるほどオスマンさんが!
確かオスマン大通りとか、街の中にもその人の名前がたくさん見られますよね?セーヌ県知事だったのですか~はぁ~いやぁ勉強になります(笑)。

なんだか日本で言う幕末の時代に、パリでも一種の大改革があったなんて、意外な発見です。幕末、アメリカでは南北戦争があったり、戊辰戦争後、すぐフランスでは普仏戦争があったように、その時代は日本だけでなく、諸国もいろいろ複雑だったんですよね。逆に言えば、世界が複雑だったから日本にも動乱が訪れたと言えるのかも…国際関係っておもしろい!(そこか?笑

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