そうだ蝦夷地行こう:室蘭南部藩陣屋(モロラン陣屋)跡

蝦夷地レポ溜めすぎ(笑)。いや、もうすぐ終わります。
コチラは東蝦夷地南部藩陣屋跡・モロラン陣屋跡地図)。

モロラン陣屋跡碑

仙台藩陣屋では橋とか門とかそれらしく復元してありましたが、
室蘭陣屋は、本当に建物の跡しかありません^^;あと石碑。

室蘭陣屋跡

安政3年(1855年)9月、南部藩が北方警備のため完成させた室蘭陣屋。
本陣は箱館で、この室蘭の陣屋は出張用なんだそうです。
戊辰戦争勃発により、陣屋を焼却して撤退したとか。
後で沢さん達が来ることわかってたら焼かなかったかなー(笑)。

箱館戦争中、沢さんら元開陽乗組員達は室蘭を拠点としていました。

室蘭陣屋案内図

仙台藩と言い南部藩と言い、蝦夷地渡航に従った隊の人々は、
何かしら以前から蝦夷地と関係はあったんだなぁ…。
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COMMENTS

焼いた理由・・・。

確かに、ここの建物を焼いた理由は『官軍に使われるくらいなら・・・』だったはずなので、榎本さんらが使うと知ってたら焼かなかったでしょうね。(焼いたときに分かるはずもなく・・・)
建物の址に建物を建てて(しかも柱の跡に柱を立てて)、立てた開拓奉行所。・・・・・寒かったでしょうね。きっと立派な物は建たなかったでしょうから・・(涙)2月の一番寒い時期に・・・・
彼らは、二手に分かれて宿を取っていたと、聞いたことがありました(鷲別と本輪西・・だったかな?)。250人もいたのですから、大変だったでしょうね。
室蘭は資料がほとんどないので、想像すると楽しいです。(いや、切ない・・かな?)

>高松飛鳥さん^^

そうですよね~寒いですよね~;;
沢さん達は、室蘭で甲鉄艦を撃ち破るための新弾薬を密かに開発中だったという素敵情報がありますが(笑)、残念ながら宮古湾海戦には間に合わなかったと、こないだ『御先祖様の戊辰戦記』だったかな?に書いてあった気がします。間に合ってたらどうなったんだろう。新弾薬開発とか、エリートは考えることが違うぜ☆

250人もいたんですか!
あ、でもそうですよね…開陽の乗組人数を考えるとそれくらいは…

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