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榎本隆充氏の講演会in土方歳三資料館

ほんと計画性ねえな私。もう2週間経つよ。
そんなわけで榎本武揚ご子孫榎本隆充さんの講演会レポします♪
2007年3月18日16:30~17:30頃、土方歳三資料館で催されました。
隆充さんは黒田清隆さんのご子孫でもあるそうです。
「隆」の字はそこから来ているのかな?とにかくすごいご子孫です。笑

講演会に行かれた方のレポご紹介~♪
くろみつのブログ記事 (一緒に行ったしね/笑)
icewine5さんのブログ記事 (一度コメントしていただいたご縁!)

私のレポは、前にも行ったとおり「懇意」の部分に超偏ります。
やっぱりね!やっぱり榎本さんと土方さんは仲良かったんだ!という。

* ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * **


最近、土方家の親戚筋である平家が所蔵している手紙が発見され、
平忠次郎さんが榎本さんを訪ねた時のことが書かれてあったそう。
当時榎本さんは要職についていて多忙だったにも関わらず、
「土方くんの親戚なら、ぜひ座敷へ上がってもらうように」
と、忠次郎さんの訪問を受け付けた女中(?)に言ってくれたらしい。
そこで忠次郎さんは榎本さんから土方さんの話を聞き、
記念写真なども撮って帰ったそうです。当時の記念写真、残ってます。
残念ながら榎本さんが一緒に映ってたりはしてなくて、
代わりに榎本さんが書いた漢詩の掛け軸が一緒に映っています。
おそらく忠次郎さんが榎本さんを訪ねたことを親戚に知らせたのかな、
忠次郎さんの手紙には榎本さんから聞いた話として、
(土方とは)淀川を下る(大坂城へ向かう)とき懇意となり__」
と、書かれていたんだそうです。
いまだその手紙原文は日の目を見ていませんが、
隆充さんは五稜郭タワーでの講演会でも同様の話をしているので、
いつかその資料がちゃんと見られる日が来るのが楽しみですねvV

知り合った、ではなく、懇意となり、とわざわざ言っているのだから、
大坂行きの船の中で二人で話し合ってとても仲良くなったのではないか
って、隆充さんも言ってました☆嬉しい。ですよね。ですよね。

ちなみにこの、「淀川を下るとき」とはいつなのかということも、
隆充さんは調べていてくださりました。素晴らしい御方だわっっ!!
慶応4年1月6日、橋本で官軍に敗れた土方さん達は大坂八軒屋に退陣。
そして同日、榎本さんも開陽丸から下船し八軒屋に立ち寄ります。
八軒屋から大坂城へ向かうルートなんだそうです。
隆充さん曰く、おそらくここが二人のファーストコンタクトだろうと。
(※日にちは誤差がある可能性あります/8日?)

榎本さんも鳥羽伏見戦争の模様が気になっていたんだと思います。
誰かに聞こうとしたその相手が土方さんだったかも知れません。
淀川でちょうど同じ船になったので、良い機会だから聞いたのかも。
江戸城で依田学海さんに話したように、土方さんは榎本さんに、
「私達は刀や槍で応戦したが少しも役に立たなかった」
と言ったかも知れず、榎本さんはその冷静な判断を聞いて、
「そうなんだよ!これからは銃なんだ!いやむしろ軍艦なんだ!」
と盛り上がったのかも知れません。笑
こうなってくると土方さんが西洋化に目覚めた背景には、
榎本さんの影響が大きいのかも知れませんね。
あと、永倉さん達は順動丸に乗って江戸へ向かいましたが、
土方さんや近藤さん、島田さんらは榎本さんの富士山丸へ乗ったのも、
土方さんが榎本さんと親しくなってた故の特別扱いかも知れない。

** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** *

…かも知れない多いな。笑まあほぼ予想でしかないんで。
はい、レポいったん終わり!
以下、私の勝手な思い出風考察です。笑 ******************************

私が「土方さんと榎本さんて、めっちゃ仲良かったんじゃね?」
と、初めて思ったのは、
土方歳三資料館に飾ってある「入室但清風」の額を見たときです。
いや正直言うと、二人が仲良いんじゃないか、じゃなくて、
榎本さんてめっちゃ土方さんのこと気に入ってたんじゃないか、です。
そうです、榎本さんが一方的に。(笑)
『彼が部屋に入ってくると、まるで清々しい風が吹くようであった』
って、どんだけフィルターかかってんだと思いました。
エノモトタケアキスバラシイ。
その当時、私が読んでる本の中で、榎本さんが出てくる本、
榎本さんと土方さんが仲が良い本なんてのは皆無だったので、
「もしかしてあの漢詩は表向きのもの?汗」と疑ったりもしました。
でも、『大鳥圭介伝』に載っていた史料を読んで私は目覚めたのです。

榎本さんんんんん!!!!!!!!!

詳しくはコチラの記事携帯)で。当時の心境丸出しです。(恥)

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それに以前から気になっていたことがあったんですよ。
それが今回の講演会で綺麗さっぱり納得できました。
あのですね、いろはでもそうだったんだけど、
土方さんと榎本さんは仙台で会うまでそれほど親しくない設定でしょ?
仙台に榎本が来ているから合流してみよう、みたいなさ。

でもどっかの史料にこういう記述があったの。

土方は以前から話していた通り、榎本と蝦夷行きを決定し



あれーこれどの史料だったかな?汗
『島田魁日記』だと思ってみたら違った。あれー??汗
とにかくこれ、"以前"からってことは仙台で話したわけじゃないんだ。
ちなみに『島田魁日記』にもこういう記述はあるので抜粋。

同(慶応4年4月)十一日、江戸城遂に官勅使に引渡しに相定る。是において土方公・榎本公等、評議を決し、海軍は尽く軍艦に乗込、陸軍は追々脱走す、恢復の謀を約し、同十日夜半仕度をし今戸より八幡宮別当寺に来る。



現代語訳では「土方公は榎本公等"と"評議を決し」てなってるけど、
そのまま素直に土方公と榎本公らは評議を決し、でいいんだと思う。
だってもうお友達なんだから。笑。一緒にいる扱いでいいんだって。

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これを踏まえて永井さんの策謀携帯)が明らかに!?笑
蝦夷地行きには最初から永井さん絡んでたんだろうねきっと。
「あんた幕臣なのに何もしないのか!」て言われて、
ついつい「いや実は仲間うちでこそこそ計画してるんだ!」
って言っちゃった件ね。望月さん、何気にすごい貴重ですよこれ。


あー…すいません、計画性無いだけあってゴチャゴチャしとる…汗。
まだ色々言いたいことはあるけど、一気に出さずに小出しにしてこう。
自己満足甚だしいな!あはっは。
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COMMENTS

あるゆさん、こんばんは。初めてコメントさせていただきます。
今「大鳥圭介伝」を借りていて、まさに5月11日の所を読んでいたので嬉しくなって思わずコメントさせていただきました。

吉井恵美子さんの「ラストヒーロー」という小説の中で、土方さんの戦死の知らせを聞いた榎本さんが、拳で畳を叩きながら「土方君を失った私にどう生きろと言うのか」と泣くシーンがあります。その後、「土方君が来たのでなければ、あの時新選組なぞを富士山艦に乗せたりはしなかった。土方くんだから乗せたのだ」って言うんです。あるゆさんの文を読んでいて、つい思い出してしまいました。

レポの続き、楽しみにしてます。

あるゆさん、貴重な講演レポありがとうございますっっ!

榎本さんと土方さんの出会い、八軒家の船のなかで・・・というのを以前どこかで読んで(か聞いたか)以来、妄想、いえ想像しまくりだったのですが、いつだったのかはさっぱり見当もつきませんでした。さすが榎本隆充さん、お調べになっていらしたのですね。

勝手な想像で、榎本さんと土方さんて気が合うだろうなぁと思っていたのでなんだかそれがあながち想像でもないかも?という気がしてきて、とっても嬉しいレポでした~~!!

ところで永井すわんは「榎本に乞われて・・・」蝦夷に行ったと証言しておりますが、このおじさんは最初から蝦夷に行こう計画にいっちょかみ☆だったと思います(笑)。まだ確証を得られる史料まで行き着いておりませんが、望月さんの貴重な証言もあり、なんとかみつけたいなと思いました♪

>香音里さん♪

わッどうもいらっしゃいませッvV
そうだ!香音里さんに言わなければいけないことがあったんです!
榎本さんのラジオ出演情報、実は香音里さんのブログで知りました!!お礼を言いに行こうと思っててすっかり日数が経ってしまいました;;無事ラジオ聴けましたvありがとうございますっvV

そんな素敵な小説があったんですか!!
読まなくては!"ラストヒーロー"は土方さんの事ですか?笑
『大鳥圭介伝』、読んでいらっしゃるんですねv大鳥圭介伝なのに、榎本さんに関する記述ばかり読んでしまった私です(汗)。また今度読み直したいなーと思ってます^^;
コメントありがとうございました☆★

>はな。さん♪

もしかしたら平家の手紙は、知る人ぞ知る史料だったんですかね!?
実はけっこう前から知ってる人は知っていたとか?…あり得る/笑。

私も土方さんと榎本さんは気が合うはず!と日々妄想していたので(笑)、ご子孫の方から「仲が良かったんじゃないか」と仰っていただけるなんて夢のような心地がしてますv絶対蝦夷地計画はこそこそ仲間内に進められていたはずですよね。
急に榎本さんが「そうだ、蝦夷地に行こう!」なんつって、みんなが付いて行くわけが…なくもないような気もする(どっちだよ)。

もっと蝦夷共和国掘り下げていきたいですね~
埋もれたままじゃもったいないですって!笑

唐草あるゆさん

昨日はコメントいただき、ありがとうございました。
また、私の拙い講演会レポまでご紹介くださり汗顔のいたりです。

榎本さんと土方さんが仲良し(笑)だったエピソードはうろ覚えだったので、唐草あるゆさんの詳細なレポート&あるゆさんのご考察で大変よく分かりました!

それにしても、土方さん宅で榎本武揚の御子孫がご講演をなさるとは、スゴイですよね。
お話も興味深かったですが、榎本さんの御子孫がその場にいらっしゃる事の方に感動していて、内容の方はよく覚えてなかったりします(汗)

私の方からもTBさせて頂きますね。

>icewine5さん◇

こちらこそ相互TBしていただきありがとうございます(^∀^*
拙くないですよ!汗 私たちの他にも榎本さんの講演会をレポしてくださる方がいてすっごく嬉しかったんです♪♪なんせ限定30名ですからね;;伝播範囲が狭い狭い;;汗

私も榎本さんが土方歳三資料館に来てくださっている状況にドキドキしていて、若干はしゃぎ過ぎました(笑)。
蝦夷共和国好き同士、これからも仲良くしていただけると嬉しいですvV笑

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土方歳三資料館主催「第三回講演会 榎本隆充氏」(その1)

日曜日、榎本武揚の御子孫である榎本隆充氏の講演を聴くために、土方歳三資料館に行ってきました。日野に行くのは去年の新選組祭り以来だから、すごい久しぶり。今回は、新選組行脚の友の関心が既に薄れつつあるとのこと、一人こっそり(笑)参加してきました。まじめなファ
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