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今日は父の日

用事が一段落して安心しました!
いや、安心とかしてられないんだけどな(笑)

今日は雨でしたけど、総司忌は無事行われたみたいで?良かったです。
講演会では何だかマニアックな資料がいっぱい出てきたとか?
えーえーマジかー。
前に伊東先生の講演会行った時、マニアック過ぎて付いてくの大変だった。
…「伊東先生」とか言うと甲子太郎さんみたいだね!(だから何)

そうそう今日は父の日ですね。何も用意してねぇ~…ごめんよごめんよ。
でもうちの父は今日、クロアチア戦で頭がいっぱいみたいですよ。
勝つと良いね~。うん、勝った方がいいよ~。


話変わりますけど、土方さんのお父さんてさ。義諄さん。
美形だったのかな、どうなのかな。興味ないですか?笑
なんとなく土方さんて、顔はお母さん似のよーな気もするけど、
性格はお父さん似な気がしてならないなー。
だってさ、民衆から、

「神か仏のように敬われていた」
―――――『子孫が語る土方歳三』所収「史談 土方歳三の少年時代」

っていうお父さん、すげくない?
土方さんも母のように慕われてましたが(笑)、お父さんもすげぃよ。

、、、すいません、それだけです。
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COMMENTS

川口はサムライだぜ!

あるゆさん、こんばんは~。
父の日って、昨日だったんだね。・・・私ってば、先週11日、
「おとん!父の日だからプレゼントさっ」
って、麦焼酎贈ったのさ・・・一週間まちがえちったよぅ(涙)
ま、いいや、どうせウチはアバウト&ノープロブレム一族さ!酒さえ呑めたらオッケー♪呑んべいDNA。
で、ふと思ったんですが、たしか「子孫が語る土方歳三」に、トシ母は「お酒好き」ってありましたね。
でも、何故か巷間言われているのは「トシは、あまりおちゃけが強くなかった」説。いろいろな小説&マンガで、「実は酒がのめねえ」って話が出てきますよね?
これ、出所は、どの資料なんでしょうか。すいません、不勉強でよく解らないんです。ぜひ、あるゆ師匠、ご教示ください。
一般的に、酒に強いか弱いかは、遺伝で決まりますね。いわゆる「アセトアルデヒド分解酵素」ってヤツが、多いか少ないか、まったくないか。日本人は、少ない体質の人が多いようですが、欧米人はメチャ多い。
しかし、トシ母が酒好き=酒に強い、としたら、トシもその遺伝子を受け継いでいたのでは?
いっぽうで、トシ父が滅法弱かったとしたら、そっちの形質が出てしまったのか?とか。
なんとなくソレを匂わせる記録としては、やはり「子孫が語る・・・」の中で、トシがまだまだ若い頃、法事の手伝いをしていて、一杯のんでいい気分になり、「○○さん、□□が好物なんだよね~?それから××さんは、△△に目がないんだねー、全部たいらげてたもんねー、オレ、ちゃああ~んと知ってるもんねー、見てたもんね~♪」とかなんとか調子に乗って、来客たちの嗜好を何もかもすべて、べらべらべらべらしゃべくったというエピソード。(お客さんたち、みんなまっつあお)
絶対、酔っ払ってヨイヨイ気分になってたんだよね?
(もしかして、これに懲りちゃって、以後慎んだのか?)

>一人虫さんv

一人虫さん…私は今度、土方歳三お酒エピソード特集をやらせていただきたぃですッ!!!!うおおおお燃えてきたぁぁぁぁ!!!!

私の知ってる限りでも、「土方歳三は下戸だった」ってハッキリ言ってる一次資料はないと思います~;考えられるのは、蝦夷の時の「粗食に甘んじ」か、試衛館時代の「みんなで酒を飲んでいても、端の方で一人ニヤニヤしていた」(笑)等の証言じゃないですかね~…てか、最近資料読めてないんで、みつとかの方が詳しいような…。

土方さん、壬生浪士組の時には芹沢さん達と一緒にとか、新選組結成初期にはよく日野から来た人誘ってはけっこう飲み会に参加したりしてるので、酒嫌いじゃぁないような気がします。でもその、一人ニヤニヤしてたとか、人の食べたもんベラベラしゃべりまくったとか、それが酔った上での行動だとすると、酒好きだけど強くない=すぐ酔う人っぽい…!!か・わ・い・い!!!愛LOVEひじかたvV(結局行き着く先はココだ)

トシ父のこと

あるゆさん、トシ父が「神か仏のように敬われていた」という話ですが、ふとひらめいたことがあったので書きます。
トシ父は、ご存知のように労咳で亡くなってますが、何故・どこで感染したのでしょうか。
当時「労咳」と言えば、現代で言う「ガン」と同じような感じの病であって、誰しもが罹りうるものでしたね。だから、土方家の人々が、数多く労咳で亡くなっていても、取り立てて珍しくはないと言えば、そうでしょう。
しかし、裕福な家ならば、少なくとも栄養状態は悪くない。普通に生活していれば、結核菌に対する免疫力も高かったはず。
これはどう考えても、トシ父が結核菌を家に持ち込んだとしか思えませぬ。
そこで、「神か仏」の話。もしかして、トシ父は、労咳にかかった貧しい人々の家を訪れ、様々に世話をしたり援助したり虚労散を届けたり、励ましたりしていたのかもしれない。我が身を省みずに。
だから、「神か仏のように」敬われていたのではないか。もちろん、質素で謙虚な生活態度も、尊敬を集める理由だったでしょうが。
なぜこんなことを思いついたかと言うと、私の母の母は、若くして他界している(母12歳の時)のですが、その原因はどうやら結核患者の世話を親身にしていたから、らしいのです。
(北海道東部の開拓村の奥地ゆえ、医者がいなかったし、隔離病棟のシステムも整っていなかった時代です)
敬虔なクリスチャンだった母の母は、病に臥す貧しい人々を見過ごすことが出来ず、そのために自分自身も結核になってしまったのです。
そんなことを思い出して、トシ父に思いをはせてしまいました。

>一人虫さん

私の祖母も労咳だったんですよ~。
裁縫業をやっていたんですが、お客さんで労咳の方がいたのか…?なんで感染したかは聞いてないです(・Д・;過労気味ではあったみたいですけどね。祖母の親戚も何人か死んでるそうです。あ、祖母は抗生物質で助かったんですが。

お父さん、そうですね、神か仏か、なんてなかなか言われるもんじゃないですから、それぐらい親切だったかも知れないですよね…我が身を顧みず…おおおおお父さぁぁぁぁぁん!!涙。あなたの性格はものっそ息子さんに受け継がれてますよぉぉぉぉ!!(涙)
土方さぁぁぁぁぁん好きだーーーーー!!(もうわかったから)

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