第2回流山ふるさと講演会

2月12日(日)に流山市で行われた伊東成郎さんの講演会、レポります。
もう1ヶ月以上経ってますね…時が経つの早いなぁ特に最近。

流山市立博物館会議室


講演場所は前にも書きましたが、流山市立博物館です。

講演者の伊東成郎さんは、新選組本もけっこう出してる人です。
特にどっかの大学教授とかではないです。一新選組マニアです/笑。
写真見てわかる通り、参加者はほとんど中高年男性でした。
確かにね~新選組ってそんなだよね。男のロマン、みたいな。

伊東さん、超マニアックで、付いていくのがやっとでしたよ~;
でも口調がやわらくて、滑舌がよくて聞きやすかったですv
ちょっと森本レオさんっぽい雰囲気を感じました/笑。

そんなわけでですね、いろいろ内容は濃かったのです。
でも今回は、私が興味あること、てもちろん土方さんのことですけど/笑、
そこんとこをピックアップしていきたいと思います。
* * * * * * * * * *

伊東さんはよく国会国立図書館に通われているそうですね。
仕事の合間を見つけてはせっせと新選組史料探しをしているそうです。
どちらかと言うと京都新選組中心の方かな?と思いました。

土方さんに直接関係する話題は2つありました。

① 有馬藤太が流山本陣にやってきた時の土方さん
② 近藤さんと土方さんの決断力

②はまだ研究中ということで、詳細は控えるとのことでした。
なので①のことだけ書こうと思います。


まず伊東さんが配ってくださった参考史料の現代語訳をば。

有馬藤太がすぐさま兵を率いて(流山本陣に)やって来て、馬に乗ったまま門をくぐろうとした。土方歳三はこれを見て大変激怒し、自ら本陣を出て、有馬藤太の馬の口輪を掴んで(進入を止め)、刀に手をかけて、「軍門にはとるべき礼儀がある。この無礼はどういうつもりだ」と言った。有馬藤太はその無礼を謝罪し、馬から下り…【丸毛利恒「近藤勇の伝」】


…これ見た時、すごく「あぁ土方さんてこういう人だよなぁ」と思った。
副長格の人間が敵の馬の口輪をとるって、けっこう屈辱的じゃないのかな。
伊東さんはこの有馬さんの行為を、
「土方に斬り捨てられても文句は言えないぐらいの無礼」て言ってました。
「土方は今後の近藤の安否を思って怒りを抑えたのではないか」とも。

この史料の信憑性についてですが、丸毛利恒って人は旧幕軍の人間です。
丸毛牛之助として箱館戦争に参戦し、明治に長く生き残ってます。
んでもって戊辰戦争に関してかなり重要な著作がいろいろあります。
なので旧幕軍・新選組のうちの誰かから聞いた可能性は高いらしい。

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講演会後、裏付け史料がないかな~と思って勝手に探してみました。
わーマニアックだー!!\( ̄∀ ̄*♪♪

●『中島登覚え書』/『島田魁日記』より(現代語訳)

4月3日の昼、不意に敵兵400人余りが本営を襲撃してきた。この時、薩摩藩有馬藤太と言う者が、応接役として来た。そこで土方さんが出ていって会うということがあって、近藤さんと、付き添いとして野村利三郎、村上三郎が、その有馬藤太と一緒に板橋にある官軍の本営に行くということになったらしい。


細かくはないけど、あー、やっぱり土方さんがまず出ていってますね。

●近藤芳助の書翰より(現代語訳)

近藤勇とその他の者達が包囲された後、総督府からの使者(有馬藤太)が来て、鎮撫隊長(近藤勇)は隊を解散させて、板橋に来るようにと言われた。


これには土方さん出てこないなー。
本陣に土方さんがいたことはちゃんと後の文に書かれてるんですけど。

●『立川主税戦争日記』より(現代語訳)

4月3日、官軍が不意に押し寄せて来たが防御することができず、官軍の有馬藤太と言う人が来た。土方先生が応接して、近藤先生は有馬と共に板橋の本営に向かった。


「応接」…なんかさりげなく美化してないか立川さん/笑。
わかってるから!あなたが土方先生大好きなのはよくわかってるから!笑

●有馬藤太からの聞き書き『私の明治維新』より

近藤の本陣と配備をことごとく見極め、いったん後方に引上げ散開を命じ、村落を包囲した。やっと敵も気づいたとみえ、あわてて射撃を開始した。しかし形勢すでに味方に有利で、まさに袋のネズミだ。次第に夜は明けてくる。味方はますます勢いづく。すると向うの田圃の中を、二人の壮士(野村利三郎・村上三郎)が刀を抜き、打ち回わしながら一人の大将らしき人を護衛して、しずしずと近寄って来た。
―――――中略―――――
三人はだんだん近づいてくる。壮士は刀に鞘を収め、丁寧に礼をして、大久保大和と書いた名刺を差し出す。私も下馬して礼を受け「自分は東山道総督府副参謀、有馬藤太と申す者であります」といいながら、よくみるとまぎれもない近藤である。
―――――中略―――――
私は早速、射撃中止を命じ、彼を本陣に連れて来て…


…あれ、土方さんの名前がちっとも出てこない…( ̄Д ̄;有馬さーん!?
しかも戦闘始まったの昼からだし。近藤さんから出向いた!??んん??
晩年の記憶だから仕方ないのかなー。

●東山道軍従軍兵執筆『官軍記』より(現代語訳)

前後左右を取り囲んで、香川(敬三)殿・有馬(藤太)殿2人はその味噌屋(?流山本陣のことらしい)に乗り込んで捜索した。賊兵の隊長大久保大和ならびに家来2,3人が滞在していたので質問したところ、「私達はもともと官軍の一分隊ですので、時機を見て官軍に加わろうと思っています。決して官軍に敵対するものではありません」と、大久保は答えた。


あれーまたしても土方さん出てきませんね。
あれかな、軽輩だと思われたのかな。飛び出してきちゃったりするから。

最後に、話が一番近い史料がこれ。

●小島家伝本『両雄逸事』より(現代語訳)

新選組が駐屯していた下総流山に官軍が突然来て包囲した。砲撃が甚だしく、義豊(土方歳三)は裸足のまま走っていって官軍の隊長の馬を止め、怒って、「君達はまだ、私達が敵か味方かも聞いていない。いきなり発砲するとはどういうことだ」と言った。声も表情も険しかった。そこで(官軍は)砲撃を止めた。


状況と言葉が微妙に違いますねぇ。
でも土方さんがいきなり出てって有馬さんにつっかかっていったのなら、
誰もきちんと土方さんの言葉聞こえなかったんじゃないかとも思うし。

ていうか、裸足かよ!?∑( ̄口 ̄;

もーやだー!!この人可愛すぎるんですけどー!!どうすんだこれー!!
土方さんが裸足で駆けてきたら私だって砲撃止めちゃうよ!!(何それ)

+( ̄ヘ ̄んーむ、たぶんブーツは履きづらかったんでしょうね/結論。
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