スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

それからの新選組第5回講演会

12月4日にとうとう最後となったそれからの新選組講演会に出席しました。
前回に引き続き箱館戦争編ということで、研究家の横田淳先生がご来館。
宮古湾海戦までサラッとおさらいし、新政府軍の上陸から始まりました。

明治2年4月9日~明治2年5月18日旧幕府軍完全降伏まで。
ひっじょーに、濃い講演会だったと思いました。
土方さんの話を中心に進めてくれてたからかも知れないですけど。
大鳥さんの事とか回りの状況も詳しく解説してくれて。

横田先生は、根拠のある時はその根拠を明らかにし、
あくまでも自分の考えである時ははっきりその事を言う、マジメな方です。
私達の質問攻めにも嫌な顔せず答えてくれて嬉しかったvV笑
長々引き止めてしまってご迷惑だったかも;;すいませんでした-_-;

その講演会をレポしようと思ってたわけなんですが。
レポではなく「箱館戦争特集」として記事をまとめたいと思います。
まだ「勝手に土方歳三特集」も終わってないんですが/笑。なんとか16日までには。

* * * * * 一応ご忠告 * * * * * 
『最期の一日』を見る前に下手に史実を知ってしまうと、
人によっては素直に楽しめなかったり頭こんがらがったりすると思います。
ドラマはドラマで、史実は史実で楽しめる方なら大丈夫なんですが、
史実を知ってしまったがために、ドラマを上手く見れない危険があるのなら、
この記事や『最期の一日』に関わる史実記事は見ない事をオススメします。
『最期の一日』を楽しんでからまた見に来てください/笑。
* * * * * * * * * *

詳しくは上記したように特集記事でまとめたいと思いますが、
あえて今回の講演会での収穫をあげるとこんな感じです。

☆乙部に上陸した新政府軍ルートは4つ。松前口、木古内口、二股口、落部口。
☆二股の胸壁は長期戦を想定されたもので、風呂場なども用意されていた。
☆木古内戦は新政府海軍の影響が大きかった。
☆市村鉄之助は4月15日に箱館を出立し、5月5日に佐藤家に到着か。
☆奇襲がなければ土方さんは五稜郭方面の前線で指揮を執る予定だった。
☆一本木関門がそれほど激戦でない時に土方さんは流れ弾に当たった。
☆土方さんへの銃弾は箱館からではなく七重浜方面からのもの。
☆米田幸治さんが撃ったのは、土方さんではなく別の誰か。
☆土方さんが運ばれたのは民家ではなく陣所のようなところか。
☆五稜郭に埋葬された遺体は綺麗に整えられていた。
☆五稜郭に埋葬されていた一部もしくは全員の遺体は本願寺に改葬された。
☆春日左衛門の遺体場所は片上楽天が調査して断定した埋葬場所と近い。

…こんな感じ?汗。うーん、まだあるかも知れません…-_-;
これを全部踏まえられるかどうかわかりませんが、
次にあげる記事のピックアップは「二股戦」です☆★
不敗神話はこうして生まれた!!笑。
スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。