スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

土方歳三武勇伝☆二股口の戦い

『最期の一日』では伝説の二股戦は放送されないようですね。淋しい…。

12月4日に行われた、横田淳先生の講演会を踏まえつつ、
手元にある資料を交えつつ、土方さんへの愛に偏りつつ(笑)
二股戦を紹介していきたいと思いますvV
(「枕投げ」記事はちゃんとまだ続きます。すいません;;)

* * * * * 一応ご忠告 * * * * * 
『最期の一日』を見る前に下手に史実を知ってしまうと、
人によっては素直に楽しめなかったり頭こんがらがったりすると思います。
ドラマはドラマで、史実は史実で楽しめる方なら大丈夫なんですが、
史実を知ってしまったがために、ドラマを上手く見れない危険があるのなら、
この記事や『最期の一日』に関わる史実記事は見ない事をオススメします。
『最期の一日』を楽しんでからまた見に来てください/笑。
* * * * * * * * * *


* * * * * * * * * *

講演会では。
前回は宮古湾海戦までの解説だったので、今回はいきなり新政府軍上陸から。
一応前回来てない人のためにサラッとおさらいしてくれてましたv

地図が無いとかなりわかりづらいので作ってみた。

新政府軍ルート

カクカクしててすいません/笑。び、微妙に縮尺が違…アセアセっっ。
赤いラインが新政府軍の進軍ルートです。

4月9日、新政府軍は乙部に上陸を開始。
旧幕府軍は残念ながら蝦夷地の面積に対してあまりにも人数が少ないため、
乙部まであまり手が回らなかったそうです(涙)。
土方さんは敵軍上陸の報告を受け五稜郭から二股へ向かいます。
この夜、途中の市渡村で土方さんが陸軍奉行添役の大野右仲さんに言った言葉。
「俺達の軍は数に限界があるが、官軍には限界が無い。
 いったんは勝ったとしても、必ず最後には負ける。これはバカにでもわかる。
 だが、俺が総督に任命された場所が敗れるなど、武士の恥だ。死ぬ気でいくぞ」

(例のごとく現訳ちょい意訳v)そして大野さん達の返事。
「言われるまでもありません」
きっと格好良かったんだ。格好良かったから書き残しちゃったんだ大野さん。

4月10日、二股に到着した土方さんはフランス人教師フォルタンの指導の下、
2日間かけて台場山(金山)に16ヶ所の胸壁を築き新政府軍を待ちかまえます。
兵糧置き場や風呂場まであり、長期戦を想定した陣だったそうです。
一方、木古内には新政府軍の先鋒隊が到着。
おそらく大鳥さんはこの日に五稜郭を出立し木古内へ。

4月12日、大鳥さんが木古内に到着し新政府軍と戦うも敗退。
松前口でももちろん戦闘が始まってます。

4月13日、二股攻略の新政府軍は棚倉石を突破し、ついに二股へ。
14:00頃から翌日6:00頃まで続く第一次二股戦が勃発します。
フォルタンさんは撤退を勧めますが、土方さんは断固拒否!!笑。
夕方からは雨が降り出したため、兵士達は自分の服を弾薬にかけて
湿らせないようにしてたとか。懐に入れて乾かしたとか。
また木古内でも13:30頃から戦闘が始まりましたが、
大鳥さんは挟み撃ちを成功させ、約1時間で新政府軍を撤退させます。

- - - - - - - - - -

この夜、二股の兵士達は例の「一杯だけ」の褒美に預かりました* ̄▽ ̄*
『函館戦記』によると、この時添役の大野さんも手分けして配ったみたい?
大野さんは土方さんの伝令役を務めていたから、
なんだか大野さんの言葉が土方さんの言葉と混ざって伝わっちゃってます;
どれが大野さんの言葉でどれが土方さんの言葉なのか…?-_-;

- - - - - - - - - -

さらに深夜、なかなか新政府軍が退却しないので土方さんと大野さんは相談。
「官軍は指揮官ばかりで人数も多いが、こっちは歩兵ばかりで人数も少ない。
 戦略をめぐらせれば勝てるが、力比べでは分が悪い」

そこで25人の決死隊を募って奇襲作戦を決行しようとしたところ、

4月14日、6:00頃、やっと新政府軍は二股を撤退!!
第一次二股戦で使われた旧幕府軍の弾丸、3万5千発☆
ここでもしかしたら五稜郭から各総督へ召集命令がかかったのかも知れません。
大鳥さんも土方さんも、この日現場を離れて五稜郭に向かいます。

4月15日、市村鉄之助、運命の日。
大東屋さんが島田魁さんに送った手紙によるとこの日なんです。
市村が箱館を去ったのは。何時に、とか詳しい事はわかってません。

4月17日、松前が新政府軍に奪われます。

4月20日、夜明け前に木古内が襲撃され、旧幕軍は大敗し泉沢に撤退。
泉沢は木古内と矢不来の間に位置します。
残念なことに総督の大鳥さんはこの時五稜郭にいました。
さらに不幸にも歩兵頭の本多幸七郎さんも現場にいなかった模様/泣。
現場にいたのは遊撃隊:伊庭八郎、額兵隊:星恂太郎さん達。
伊庭さんはここで重傷を負ってしまいます(涙)。

4月21日、大鳥さんは急ぎ泉沢へ赴き、全軍に矢不来への撤退を命令。
木古内は敵海軍からの艦砲射撃がキツかったんです。
横田先生は、大鳥さんをかばってましたヨ♪
土方さんは海軍を恐れずに済んだけど、大鳥さんは海軍の恐怖もあったんだと。

4月23日、16:00頃から約35時間も続く第二次二股戦が始まります。

4月24日、伝習士官隊:滝川充太郎さんの一隊が二股の援軍として到着。
しかし滝川さんが敵兵の目をえぐり取るなどという野蛮な行為をしたため、
それを責めた伝習歩兵隊:大川正次郎さんと気まずいムードになります。
「お前はどうしてそんな考え無しなんだ。無駄な殺傷は士気を失うだけだ。
 総督(土方さん)の命令か?まさかそんなことはないだろう」

陸軍奉行添役の大野さんが、後悔している滝川さんをかばいます。
「(滝川君は)ただ、官軍が私達の兵士をあなどって、
 銃撃ではなく刀で戦おうとしてくるのを防ごうとしただけだ。
 滝川君がやったことは、こちらに強者がいることをわからせる事にもなる。
 どうか責めないでやってくれ」

最後は鶴の一声、箱館の母がちゃんと仲裁してくれました/笑。
「大川君の言う事はもっともだが、滝川君の勇猛さにも感心させられる」
滝川君、誉められたよー!!良かったね!良かったね!!笑。
これは滝川さんがちゃんと後悔してるから慰めてあげたんだと思います。
隊長が落ち込んでたんじゃ、それこそ士気に関わるし/汗。

- - - - - - - - - -

日時ははっきりしませんが、この第二次二股戦のさなかに新政府軍の戦略が。
それはラッパの音を山中に響かせ、あたかも二股軍が包囲されたようにする事。
みんな最初はだまされて怯えてたんですが、土方さんがすぐに罠と見抜きました。
大野さんは土方さんに命じられて、兵士達にこう伝えたそうです。
「官軍が背後に回ろうとするなら必ず見付からないように進むはずだ。
 (なのに)今このように煙をあげてラッパを吹き鳴らしているなどとは、
 私達を恐れさせて敗走させようとしているという事である。
 君達、恐れることはない。なお総督からの命令である。退く者は斬る、と」

おお、これは佐藤家に伝わってる話と一緒ですね!

- - - - - - - - - -

そして4月25日、奇しくも近藤さんの命日ですが…
3:00頃、新政府軍、またもや二股口突破ならず撤退!!
あまりの長期戦だったため銃身が熱くなり、水で冷やしながら頑張りました。
勇猛を誇る薩摩藩兵をもってしても抜くことができない二股口。
そこで新政府軍は考えました。もう二股抜くのは諦めよう、と。(笑)
なんと二股口を避けるため、道無き道を進むことになったんです!!
地図でいうと厚沢部の上のルート。
ホントはそこ道無くって、わざわざ道を作りながら進んだんだそうです。
しかもめちゃくちゃ二股口避けてんのっ!!超遠回りっ!!笑。

土方歳三不敗神話、

ここに極まれり!!!


でも道作り隊はその甲斐あって、後はあっさり箱館に着いちゃったらしい/涙。

4月29日、とうとう矢不来が新政府軍に突破されました。
退路を断たれる危険があった二股軍は五稜郭への撤退を余儀なくされます。
しかしね。土方さんがただで帰るとお思いですか?A-ha?(誰)
バッチリ地雷を仕掛けて撤退しました/笑。
しかもちゃんと引っ掛かってくれたみたいですよ、敵さん方。

-----書き忘れていたので追記-----

土方さんは、二股から五稜郭へ撤退するにあたり、地雷を仕掛けるだけでなく、
途中の有川村に陣を張っていた新政府軍を撃退しています。すご…笑。

--------------------

+ + + + + + + + + +

いつか二股戦についての各人の評価もピックアップしてみたい!!
スポンサーサイト

COMMENTS

あるゆさん
何か、読んでいたら、涙がでそうになりました・・・・。
感動しました。
横田氏のお話は直接伺えなかったけれど、こちらで拝見して
物凄くリアルに伝わってきました。
歴史にif,は無いのですが、それでも、もし、各platoonの隊長が
全員歳三だったら、蝦夷共和国は実現していたと思えました。

歳三は鉄之助を必ず生かして、故郷に送り出したかったのではないでしょうか??だとすると、やっぱり、敵が撤退して、脱出しやすい4月15日は、鉄之助が歳三のもとを離れるのには絶好の時だったと思えるのですが・・・・・。

>julesさんv

全員土方さんって、鼻血もんですね!!(そんなこと言ってんじゃねーよ!!←殴)
歴史にifは無い…そうですね。切ないです/涙。

市村の話はくろみつさんとこの幕末議論掲示板での話題ですよね☆
4月15日説の可能性を否定しているわけじゃないんです;アセアセっっ。
横田さんも支持している説だし。
でも、『今昔備忘記』は他ならぬ市村鉄之助本人からの聞き書きじゃないですか。それに、5月5日に出た市村は、本当は2,3日で出発する予定だったのに5月11日まで足止めを喰らってるんです。これはやっぱり掲示板で浅葱さんが言うように、海戦が激しかったからだと思うんですよ。

4月15日説で疑問なのが、市村が大東屋さんに寄った理由です。
内容から刀を2本大東屋さんに預けた事がわかるんですが、その後、土方さんが手紙を大東屋さんに送り、刀を処分してくれるよう頼んでるんですよ。
よく「市村が路銀として売った」と言われてますけど、『今昔備忘記』によれば路銀は既に2分金で300両、土方さんから市村に渡されてるんです。しかもその路銀は使われる事なく佐藤家に渡ってます。

これはもう私の考えでしかないですけど;、4月15日に、市村は出立した事は出立したと思うんです。でもお使いを終えてまた箱館に帰ったんじゃないかと。それでまた5月5日に日野に行くよう命じられたんじゃないかと。大東屋に行った理由は、局中法度で言う、「勝手に金策」をするためだったんじゃないかと思ってます。刀2本を担保にして。土方さんは第一次二股戦後、どうにかしてお金を作る必要があって、それで市村に刀を売りにいかせて、後に証拠隠滅のため大東屋さんに処分を依頼したんじゃないかと。そう…考えてしまいまして ̄~ ̄;;なんか。うーん、この可能性は皆無じゃないと思ってしまうんですよ~。

あるゆさん
(あっちの話をこっちに持ってきてしまって申し訳ないのですが)

なるほど~。その仮説、かなり納得です!
あとは「今昔備忘記」の信憑性、ですよね・・・・。(私は佐藤福子さんとも直接お話をさせていただいたこともあるので、決して否定するわけではなく、逆に信じたいのですが・・・)
これ以外には本当に鉄之助の史実、が出てこないのが残念です。
何かに照らし合わせて証明できればいいんですけどね~。
でも、何で私、こんなにこだわっているのだろうか???(汗)

とにかく、鉄之助、がちゃんと佐藤家、に来て、形見を持ってこられた、というのが大事ですね!
横田氏は、例の「亀太郎」のお話はされませんでしたか?

タイムマシンが欲しいっ

あるゆさん、素晴らしいレポートありがとう!まさに感涙です。
でもって、いつもながらあるゆさんの現代語訳、冴えてますね。
「・・・武士の恥だ。死ぬ気でいくぞ」
すすす素晴らしすぎる(号泣)。ぢっくぢょう、タイムマシンが欲しいぜ欲しいぜ!ドラえも~ん、お願い(ん?)
笑っちゃったのは「お風呂」絶対、自分が朝シャンするためだあ!熱いお風呂で「ふうう~、あ、大野君、あのラッパは罠だから。みんなにそう言っといて♪」とか、和んでいたに違いない(いや、違うって)。
ま、土方君は総督だし、あちこち動き回ることもあまり出来ない状況だったと考えられるので、「お酒配給」とか言葉をかけたりとか、かなり大野さんが助手として活躍したのだと思います。基本的に土方さんの「言葉」だと思って差し支えないのでは。
それにしても、史実土方はすごい!今年の五稜郭祭り・土方コンテストの出場者の三分の一は現役自衛官でしたが、「土方歳三のどこが好きですか」という司会者の問いには、みなさんこう答えていましたよ。
「理想の上司、理想の司令官、理想の漢(おとこ)」

>julesさん♪

『今昔備忘記』執筆者は土方さんの甥である佐藤俊宣さんですよね。
市村が来た当時は20歳。執筆したのは大正10年頃、つまり72歳頃と言われてるみたいです。うーん…どうなんでしょうねぇ。私はもうほぼ信じちゃってるんですが/笑。

横田さんから亀太郎についてのお話はありませんでしたー´Д`;
ちょっと調べてみたところ、蝦夷共和国には衝鋒隊差図役の「大谷亀三郎」さんという人や、10月24日に負傷記録がある「岡村亀太郎」という人がいて、どちらも生死不明?な感じです。て…関係ないですかね?汗。

たぶん研究家や日野市の方でも調べてる方いると思うんですよ~、でも研究書を出すまでってかなり時間がかかるものらしいです;;

>一人虫さん☆

コメントありがとーございます!!
一人虫さんとツボが一緒で嬉しいーーーーー!!!>_<vV

風呂場/笑。
土方さんが「風呂場がなきゃイヤだ!!」とか言ってたら可愛い!!笑。
フォルタン「風呂ハ必要ナイデショ土方サン」
添役ズ「わかりました!!風呂、作ります!!うぉぉぉぉぉぉっ!!燃」
フォルタン「…日本人ッテ、スゴイ…」(間違った認識)
土方さんのためなら風呂場の一つや二つ!!(だから違うって)

理想の上司、理想の司令官、理想の漢!!
ええ、ええ、そうでしょうともぉぉぉぉ!!!!!惚(*ノ´Д`*)ノw
いやぁ男の人にそう言われてると嬉しいーvV男も惚れる男!!

あるゆさん
そ~なんですよ、この「亀太郎」姓が未確定で、いろんな「亀太郎」がいるんです・・・(爆)日野宿本陣を最近訪れた御子孫らしい方は確か「畑中」さんだったのですが、「小畑」だったという説もあり・・・。ただ、もし日野に来たのが鉄之助、ではなくて、「亀太郎」だと、なんとなくズッコケるような名前の響きで・・・(苦笑)最近、妙に気になる「亀太郎」です!

>julesさん♪

あんまり調べたくない名前ですよね/笑←コラッ!
でも土方歳三マニアとして(笑)気になって当たり前だと思いますよっ。

これから新しい情報がまた出てくるかもわからないので期待ですね。

チーム箱館loverのままこっちです!

風呂ネタで爆笑!もうっ一人虫さんったらぁー。あるゆさんもっ!
そういえば西本願寺で良順先生に「汚ったねぇなあー!男所帯だからってよぉ、もちっと清潔にしろよ!病人は別室、風呂も増やせ!」って言われて速攻作ったのも歳さんでしたよね。・・・歳さんって風呂ネタ多いなあ。熱い風呂好き(=頑固者?)で、会津でも湯治してたし。(温泉が熱くて、川で泳いでたらしい)

>ままこっちさん☆

私の中では勝手に「土方さんはお風呂好き♪」って事になってたり…笑。

会津湯治の話/笑。
温泉入って、川に飛び込んでってのを3回ぐらい繰り返すと何かイイ事があるとかそういう迷信があるんでしたっけ?笑。
土方さん、それもしかして信じてた?信じてた?それともタダ熱かっただけ?…どっちにしろ可愛い/笑。

Re: スポンサーサイト土方歳三武勇伝☆二股口の戦い

こんばんは。
お初ですが、感動しました

>弐分さん

今さらで申し訳ないですが(汗)、
コメントありがとうございましたm(__)m

No title

こんばんは!
やっぱりこの意訳の部分は何度読んでも惚れ惚れしますね!
めっちゃかっこいい!!!

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。