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小野路:小島資料館

えーっと先々週ですか。小島資料館に行って来ました。
毎月第1、第3日曜日しか開館してません。
いっつも行こうと思ってて行けなかったのをやっと行けました(>_<)
例によって今後のための地図。つってもバス停までの(笑)。

多摩センター駅バス停

あれ、いつにも増してでかいな画像…。まあ許してください。
なんかね、こんななってんですよ、バス停。
小島資料館のHPでは、多摩センター駅バス停がわかりづらいって
書いてあったから、不安だったんですけど、
要は3つの駅共通のターミナルで、多摩センター駅から少し離れてるんです。
下の道路に降りずにそのまま上の道路を歩いた方がわかりやすいと思う。

小島資料館の最寄りバス停は「中宿」。
このバス停にとまるバスは10番からしか出てません。
神奈川中央交通バスだったかな…?本数が少ないので注意。別のバスも来る。
先払い230円なりー。

多摩センター駅付近はけっこう栄えてるけど、
小島資料館近辺はまだ「村」って感じがすごい残ってます。

小島資料館


バス停降りて進行方向にちょっと進めばすぐ見えてきます。
門前の石碑は昭和43年に建てられたもの。土方康さんの名前もあります。
土方歳三資料館のように、ご自宅を改造して資料館にした感じ。
お庭もとても広くて、池もあって鯉がいましたよ!(驚)

★☆今回の収穫☆★
1.近藤さんの稽古着の刺繍は安政年間?
→あの有名な髑髏の刺繍がほどこされた稽古着が置かれてて、
そこに「安政ツネ刺繍」みたいな布が貼られてたんですよ。
近藤さんとツネさんが結婚したのは安政7年(万延元年)3月29日です。
てことは新婚ホヤホヤ時代!?いやーんvVラブラブーぅ(笑)。

2.会津の女絵師・小池池旭
→資料館内に貼られていた新聞記事に書いてあったんですが、
幕末時代、会津藩邸に雇われていた女絵師がいたそうで、
戊辰戦争が勃発すると共に会津戦争にも参戦したそうなんです。
でも戦いの途中で捕らえられて殺されそうになりました。
しかし「絵師だ」と言うので絵を描かせたところ、
ものすごく素晴らしい絵を描いたので死罪を免じられたそうです。

その女絵師小池さんが釈放後、小島さんとこに来ているんです。
小島さんの筆の師匠大沼枕山という方が小池さんと懇意だったそうなので、
おそらくその関係で小池さんが訪ねて来たんだろうとは思うんですが、
小島さんちにけっこう長い間滞在してたりするんですよ。
土方さんの師匠本田覚庵さんとこにも行ってたりするし。
しかも小池さん、ものすごい男嫌いだったらしくて、
道で男の人とすれ違うのも嫌がったとか、
酒席で酒を注ぐように言われたら「私は酌婦ではない!」と激怒したとか、
戦争中に嫌なことがあったのかもとから男まさりなのかわかんないですけど、
会津戦争中、土方さんとのエピソードとかなんか無かったのかなぁ。
絵を描いたことがあるとか…(笑)。
ちなみに小池さんは明治12年に亡くなったそうです。

3.大石鍬次郎さんの絶筆
→大石さんの諱は守親って言うんですね。知らなかった。
「述懐」と題した文と辞世の歌が残されてまして、
述懐の方には、「32年間正しいと思うことを頑張ってやってきたのに、
ついに君(徳川家)の冤罪を晴らすことはできなかった…」みたいな。
辞世の歌は、どうやら牢獄から月を見て書かれたみたい。
うー…読めなかったのでちゃんとした意味がわからないんですけど、
「こんな囚われの身で月を見ることができるなんて」て感じ?(汗)。

4.秋月登之助さんの昔の名前は江上太郎
→こんだけ。秋月さんて謎が多い人らしいね?

小島日記買ってこうと思ったんだけど、金欠なんで諦めました(涙)。
でもそのうち全部買う…か、も。
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