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勝手に土方歳三特集vol.1

史料カテゴリーにしようかどうしようか迷ったけど、
いろいろ脱線しそうなのでこっちにしました。(笑)

栄えある?第1回目?のピックアップ史料は『漫談明治初年』!
いろんな土方さん本に載ってるから知ってる人多いと思うけど、
改めて知っとけこの野郎!!(口が悪いですよ)
大正15年頃に出版された『漫談明治初年』目次。

*腐れ行く幕府・・・・・(永峰秀樹)…二三六
  先づ京都へ
  役者のやうな土方歳三
  お城の土堤へ砲台
  幕府の腐つて居た実例
  東郷や山本が生徒
  二円五十銭の下宿料
*会津公と慶喜公・・・・・(山川健次郎)…二四八
  頑固な容保公
  片目の娼妓

…み、見出しになってる!!(笑)早く236pへ行かなきゃ!
以下、永峰秀樹さんの談話本文。要所のみ抜粋。長くてすいません。

まず世間を見渡すに、飛び出して行って独立でもしようという所は京都だろうか。その頃の京都は出世の檜舞台らしく感じた。<中略> 内藤七太郎、号を氷川という聖堂出身の仁が、幕府からの任命で今回京都の文武場へ聘(へい)されて行く。文武場というのは京都市中取締をやっている会津の連中が、多人数屯(たむろ)していてもいけない。市中を巡邏する当番以外の人々を集めて、文と武とを練らしたが良いとなって設けられたものでした。<中略> そこで私はこれ幸いと内藤氏に頼んで御供の一人として(慶応2年19歳で)京都へ乗り込んだわけです。<中略> ただ京都では腸チブスにかかってふた月も寝てしまったのと、内藤氏へ時々話に来る新選組の近藤勇や土方歳三が、むやみに人を斬ったりはったりする人間とも見えず、ことに土方のごときは役者とでも言いたいくらいの色男然たる風貌であったのを記憶するくらいで、国(故郷)で思った独立をするのはいつの事やら解らなくなった。これではいけない、ひと奮発せねばならぬと思う途端、(慶応3年)平山図書頭という外国奉行が京都へ見えました。<中略> 御供に加わって長崎まで行ったところ、江戸表はガラリ様子が変わって、大政奉還という幕府の瓦解ですから俄に帰ることとなって、私も長崎ではエー、ビー、シーくらいを習ったところで、御一緒に江戸まで引き揚げてしまいました。

わかって…もらえましたでしょうか。(笑)
19歳の若者が夢を求めて荒れ狂う京都に行ったにも関わらず、
京都で一番記憶に残ってるのは土方さんの+美貌+なんですよ!?
すげぇー!!土方さん、すげぇー!!(笑)
どんだけかっこいいんですか、あなた!?
慶応2年~3年頃だから、西本願寺から剣術指導にでも来てたのかな?
永峰さんはね、結局何も出来なかった事を悔しがってるようですが、
いやいや…あなたはすごく良い思いをしたはずだよ。
つうかもう羨ましすぎるぐらい良い思いをしてるよ。おめでとう。
そしてこんな談話を残してくれてありがとう。
そして素敵な見出しを付けてくれた編集者の方ありがとう。
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