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『北海道郷土研究資料』

昭和39年2月20日発行の第12巻。
蝦夷共和国時代の榎本武揚・大鳥圭介・松平太郎の書簡が載ってた。
榎本さんの、『榎本武揚未公開書簡集』には無いやつだなぁ。
全部江差奉行の松岡四郎二郎さん宛てのものだから、
きっと江差郷土資料室に展示してあるやつと同じかな?
やっぱ土方さんの名前は無い(涙)。でも箱館にいるっぽい雰囲気。 榎本さんの手紙は、明治2年1月8日に書かれたもの。

沈没した開陽丸や神速丸の火薬箱が海中から引き揚げられたらしい。
それを急いで箱館に送ってくれ!!って。総裁、大変です。
彰義隊がもめてたりね(笑)。私的に+注目+な記述は…

当地(箱館)にて調兵の上、仕官なりとも頭取なりとも、その人の才力によって委任致すべき事。

これです!!「門閥何をか成さん」の榎本さんらしい言葉!!
何が言いたいかってぇとですね。(いや、いいから)
土方さんが陸軍奉行並箱館市中取締兼海陸軍裁判局頭取になったのは、
そんだけの才能があるって認められてたって事でしょ!!やっぱ!
少なくとも総裁である榎本さんの支持が高かったのは間違いないよね。
うーん、す・ば・ら・し・い♪

次、大鳥さんの手紙は明治2年2月15日付け。

もうすぐ江差に着く予定だったんだけど、いろいろあって遅れた。
お金が足りないらしいけど、こないだ豪商に大借金したばっかだから、
そっちはそっちでしばらくどうにかしてもらうしかないよ~。
新政府軍についてはまだはっきりした事はわからないね。
…みたいな感じ(笑)。どうやら松前に滞在中。

何だか珍しい気がする副総裁松平太郎さんの手紙は明治2年3月3日。

もうすぐ新政府軍が攻めてくる事がわかって来たので、
そっちも防戦態勢整えて置いてください。
榎本総裁と話し合い、ブリュネとも相談したいので、
大島寅雄君をそちらに派遣します。詳しくは彼に聞いてください。
大鳥君は松前にいるって聞いたけど、もし江差にいたら伝えて下さい。
※ブリュネさんはこの時江差滞在中だったらしい。

土方さんの最期を見て、急ぎ五稜郭に知らせに向かったと言う
大島寅雄さんの名前が出てきてちょっとドキッ。
てゆうか何だかさ、偏見かも知れないけど、大鳥さんが面白い。
どこにいるか正確にわからないの?陸軍奉行なのに。(笑)

前書きによると、明治2年4月に"賊軍"は江差を去ったそうです。
で、大正12年11月26日にこの手紙達は筆写され、残ったんだとか。

あ~やっぱ本人達の手紙が一番おもしろいよ~。
箱館にもこういう手紙、もっと残ってないのかな~。
できれば土方さんのとか土方さんのとか土方さんのとか。
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