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愛刀☆和泉守兼定

22日、土方歳三資料館で16:00から行われてた、
兼定を二代に渡って研いでくださってる苅田氏の講演会に参加。
かなりマニアックなお話でして、私なんかが参加しても良かったのか
途中不安になったりもしましたが、とても勉強になりました。
刀剣に関する知識は全くないので、「慶応三年」と刻まれてる時点で
「じゃあ鳥羽伏見戦から使われてたかも知れないんだ!」とか、
かなり安易に考えてましたが、愛刀家の方の殆どが、
「慶応三年」と書かれていると、「これは使われてない刀だ」と
判断されるそうです。でも使われてたんだよ、と言う話。
なぜ使われていないと判断されるのかと言うと、
注文を受けてから刀身・拵えまで出来上がるのにかなり時間がかかり、
戦闘には間に合わなかっただろうと推測されるからだそうですが、
当時は最低半年ぐらいあれば仕上げる事が出来ただろうとの事。
細かい説明がありましたが、私には説明できない・・・(汗)。
時期として、会津若松で療養していたあたりぐらいには
届いたんじゃないかと予想されてました。
柄の擦り切れ具合。
手の、親指から人指し指一帯(ココウ?)の部分の擦り切れが
一番激しくて、谷春雄さんがノリで固めて状態維持したそうです。
当時はココウを重点的に使ってたんじゃないか、と。
特に敵の刀を受けたりする時に、都合が良いんだろうとか。
越前康継も同じ場所が擦り切れているんだそうです。
刀身の話。
お父様が初めて兼定を目にした時には、物打ち部分に刃こぼれがあり、
錆も付いていたそうで、当時の判断により研ぎ落としたらしい。
刃文の差でわずかながら細身になってるのがわかるみたいです。
また、刃こぼれなんかは誰かのイタズラじゃないかと言う人も
中にはいらっしゃるそうなのですが、土方家に限らず、
佐藤家・小島家など、遺品を大事にしている家ばかりなので、
そんな考えはあまり持たない方が良いんじゃないかとの事でした。
二月日とか八月日と刻むのは、水が良いとかそういう風習で、
注文日などに関係なく彫ることもあるんだそうで。
他にも兼定の刃文の特徴とか、他の刀との比較とか、
マニアには溜まらないんじゃないかと思うお話がありました。

・・・と、いうわけで、兼定は使われてないと言う人が多数いるけど、
使われてたんだよ、と言うお話を中心に、深い話もアリ。
ご質問されてた方もかなりご熱心な方々で、ビックリしました。
土方さんファンな方はもちろん、愛刀家の方もたくさん集まった
みたいで、男性の方がいつにも増して多かった気がします。
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COMMENTS

あるゆさん、初めましてこんにちは!
土方資料館にやはり22日に行って参りましたが、講演会には参加しておりませんでしたので、どんなふうだったのか気になっていましたが、あるゆさんの記事を見て雰囲気がわかり嬉しかったです。

moimoiさん、初めまして☆
そんな風に言っていただけて、私も嬉しいです(*^_^*)
私が何とか理解できた内容をまとめたのでだいぶ割愛してますけど(汗)。苅田さんは、皆知識があるのを前提に話されていて、刃文がセキノマゴロクの三本杉の崩しに似ているとかグノメとも言うとか、それに皆うなづいたり質問したりするから、す、凄い・・と思ってました。
また講演会をやってくださるといいですね!

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