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ついに本名が判明!!

『銀魂』土方さんの本名がついに判明したよー!!ぎゃー!!
もしかして一生謎のままなんじゃと思ってたのに!!
予想をぶち破られた名前でした。さすが空知氏。ああ楽しい。
内容も面白いしーvわーい!
この回を見て喜ぶ人が大勢いることを私は知っています。(笑)
以下はネタバレなので、単行本派の方は見ないでね☆
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箱館戦争終結の日

ああ、そうか。新暦だと今日が箱館戦争終結の日なのか。
一週間後だね…。
箱館戦争終結の日って事は戊辰戦争終結の日でもあるわけ?
でも当時、箱館戦争の事は己巳役(きしのえき)って呼んでたみたい。
明治2年は己巳だから。戊辰じゃなくて。
はふー。首が痛い。寝違えたかも。(e?今?)

勝手に土方歳三特集vol.1

史料カテゴリーにしようかどうしようか迷ったけど、
いろいろ脱線しそうなのでこっちにしました。(笑)

栄えある?第1回目?のピックアップ史料は『漫談明治初年』!
いろんな土方さん本に載ってるから知ってる人多いと思うけど、
改めて知っとけこの野郎!!(口が悪いですよ)

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榎本武揚にとっての土方歳三の死

え、え、榎本さんっ!!!(涙)ううう…。
いや、私が今まで無知なだけだったんだけど、
この史料に巡り会えなかっただけなんだけど…っ!!
『大鳥圭介伝』に引用されてた丸毛利恒『感旧私史』に、(以下現訳)

五稜郭では函館を奪い返そうとして、副総裁松平太郎が陸軍奉行並土方歳三と共に兵数百人を率いて進み、一本木の関門を破り、函館まで攻め入ったが、ついに抜くことができずに退いた。土方歳三、二関源治、大館昇一郎、後藤松三郎など数十人がこの戦いで死に、人見勝太郎など傷つく者数十人に及んだ。<中略> この日、総裁榎本釜次郎は五稜郭にいて諸方面の号令を司っていたが、土方歳三が討たれたと聞いて大いに怒り、自ら出陣しようとしたが、回りの皆は総裁が怒りに乗じて何か誤りがあってはいけないと恐れたので、苦諫して出陣させなかった。

う…う…、うわあーーーーーー!!!!(号泣)
ああああああああああああーーーーーーー!!ごふっ…(吐血)
………………………………………………………………
………………………………
………………………はっ!(黄泉帰り)

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荒井郁之助という人。

どうしても。どうしても荒井さんが傲慢だとは信じられない。
だって土方家に碧血碑の写真を送ってくれた人ですよ!?(それか)
傲慢であるはずがないじゃん!!…ね?
で、荒井さんの人格を調べてみました。
いきなり関係ない話ですが、荒井さん、相当の下戸だそうで(笑)
奈良漬け食べただけで顔真っ赤にして酔っぱらっちゃうんだってよ!?
ありえね~。そのかわり物凄い大食家だったんだって。
んで甘い物も大好きで。糖尿病で亡くなったと。え、もしや銀さん?
正確は傲慢とはこれまた真逆の謙遜家だったらしい。
一度も部下を怒った事がなければ、部下の意見に反対した事もない。
それでいいのか海軍奉行(汗)と思わないでもないけど。
気象台長やってた時は、受付の人かと思うくらい控えめで。(笑)
真偽はわからんけど、実は箱館での選挙の時、荒井さんが遠慮して、
自分の得票を榎本さんに譲ったと言う話があるみたいです。
選挙では松平さんのが実は得票多かったっつう話も聞いた事ある。
どんなやり方だったんでしょうね、選挙。微妙だ。

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宮古湾海戦前のモメ事

新選組っつうかもう箱館戦争探索だな最近。続編記念ってことで!!
で。さて。北海道旅行で咬菜園跡という史跡に行ってきたんですが、
そこの説明板によると、明治2年3月14日に榎本武揚さんが
幹部6名と共に遊びに来たそうなんです。だから計7名?
中島三郎助さんがその時作ったとされる和歌が残っているようなので
榎本さんと中島さんがメンバーに入ってるのはほぼ確定です。
あとは松平太郎、大鳥圭介、土方歳三、永井玄蕃、松岡四郎二郎。
…かな、と思ってたんですが、このうち2人消えました。(笑)
大鳥圭介さんと松岡四郎二郎さんです。
逆にきっと入ってたと思われるのが海軍奉行荒井郁之助さん。
まず3月14日に清遊したというのが確かなのかもわからんですが、
説明板に書いてあるんだから一応何かあるんだろうという事で。

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本当の5月11日

過ぎてしまいましたが、旧暦5月11日は新暦6月20日だそうです。
総司忌で釣洋一さんが↑言ってました。
毎年7月16日に京都で池田屋事件まつりが行われているようですが、
それも旧暦6月5日は新暦7月16日にあたるからだそうです。
だからって、新暦5月11日頃に祭すんのは誤りって事はないと思う。
言っちゃえば、本当の5月11日は明治2年にしか無いわけだし。
それか1869年6月20日。これ以外はぶっちゃけ偽物っしょ。
まあだから…あんまり祭事に関して日付にこだわる必要はないと。
思ってます。だってめんどくさいじゃん、いちいち(結局)。
気分が味わえればそれでいいよね~とか考えてる。

大鳥圭介さんの書簡

こんな夜中に何やってんだ、私。寝ろよ。
山崎有信『大鳥圭介伝』に大鳥さんの手紙が掲載されてたので読んだ。
チキンなんて言ってゴメン(涙)。大鳥さんも頑張ってんだよね。
慶応4年3月4日付けの書簡があって、宛先は弟なんだけどさ、

歩兵奉行にこの間仰せ付けられ、誠に有り難き義ゆえ、
一命をもって幕府へ忠節を尽くし候覚悟に御座候。

て書いてあって、ああ、と。確かに臆病だったんだろうけど(笑)、
やっぱり憎めない、という結果に収まりました。おやすみ。がぁ。

大鳥圭介という人。

『北走新選組』に出てくる大鳥さんが理想なんです。ええ。
チキンだけど憎めない人…そんなイメージが今、崩壊寸前(汗)。
しかも悪い方向に!(笑)キャラ的にはおいしいけど。
もともと大鳥さんって新選組の人々には嫌われがちですよね~。
大鳥さんが自ら書いた『南柯紀行』て言う回顧日記があるんですけど、
その中で大鳥さんが新選組に命令を出した時があります。
七重浜の新政府軍本営を襲撃する時です。(現代語訳)

私は彰義隊一小隊、新選組、伝習兵二小隊を率いて、夜11時頃亀田新道の陣屋を発し、<中略>七重浜に近づいたが、新選組が躊躇して進まなかったので彰義隊を(先鋒に)代えて行き…

なんっかこれ、新選組あきらかにやる気なさげじゃないすか?(笑)
せっかく先鋒なんだから、大鳥さんの命令だろうと頑張れよー!
土方さんへの愛ゆえか。そうか、それじゃあしょうがないな(うん)。
はい。こんな感じで続きます。

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専称寺:沖田総司墓所

総司忌の時期に関わらず、専称寺へ問い合わせの電話は禁止
たとえ専称寺への道を聞くだけでも、たぶんダメだと思います。
迷った時は六本木ヒルズの警備員さんに聞きましょう(笑)。
今後のために、一応簡単にですが地図を作ってみました。徒歩5分?

専称寺の場所

東京メトロ日比谷線六本木駅の2番出口が最寄りです。
まず六本木ヒルズの下を通る大きな道路を線路沿いに越えて、
六本木ヒルズに沿って左折、そのままずっとまっすぐ行くと着きます。
て、もしかしたらもっと早く着けるルートがあるかも知れないけど。

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沖田総司忌in六本木

※専称寺に電話をしてはいけません。
…という約束が総司忌にはあったのですが、
どうやら数名の方が知らずに問い合わせの電話をしてしまったそうで、
来年からの総司忌が、ちょっと行われづらいみたい。
主催者である小出さんが一応なんとか交渉してみてくださるようです。
たぶん、専称寺の場所がわからなかった方か、
総司忌が催されているかどうか確認された方でしょうか。
HPに情報を掲載している方へのお願いで、
※専称寺の電話番号を掲載しないように、
※電話禁止の注意書きを怠らないように、との事でした。
総司忌は一年に一度、ファンが沖田さんのお墓を拝める唯一の日です。
ずっと以前は一般公開されていたそうなんですが、
一部の狂信的ファンがお墓を削り取る等無礼を極めたため、
網を張り、ついには一般者立ち入り禁止となってしまったんだとか。
本日はご子孫の方が法事を行った後で、献花されたままでしたが、
普段の総司忌では※献花も許されていないそうです。

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オペレッタ狸御殿

見てきてしまいました。レディースデーだったので。
もちろんオダギリジョーさん目当てで(笑)。
で…なんじゃアレ(^_^;)あは。ある意味すげぇおもしろいけど。
シュール過ぎっつうか、金なさ過ぎだろー!いくらなんでもー!
母が言うには結構大物監督さんの作品らしいが…マジかよ。
ごめん、一番お気に入りだったの、パパイヤ鈴木だから(笑)
いやまあ、オダギリさん目当てで行く甲斐ぐらいはある…か??
あーすね毛そんなに濃くないなーとか、
褌見えてるーとか、そんなん思いながら見てたがよ(馬鹿野郎っ;)
何気に山本太郎さんが出てて驚いた。変わらないノリでした(笑)
やっぱオダギリさんの当たり役は斎藤一な気がするなぁ。
雨千代…刀をチャキッてした時、ドキッとしたもん。

続・山南さんの切腹

※この記事は『山南さんの切腹』の続きです。

『松本順自伝(蘭疇)』と『蘭学全盛時代と蘭疇の生涯』見て
慶応元年の良順さんを調べてみたけど、将軍の上洛からしかない。
近藤さんと元治元年10月頃に初対面してから、家茂将軍が上洛する
閏5月まで、良順さんが何してんのか全くわかんない。
普通に考えたら、普通に江戸医学校に勤務してるんだろうけど(笑)。
でも依田学海さんが、中村座の公演で良順さんにあったっつうのは、
ありえる話しなんだよ。演劇界支援者だから、良順さん。
ただひとつ、良順さんが京都に行く可能性があるとしたら慶喜さん。
元治元年の2月に、慶喜さんの病気治療のため入京した事があるし。
慶応元年1月から慶喜さん京都に来てるし…く、苦しい…。

『北海道郷土研究資料』

昭和39年2月20日発行の第12巻。
蝦夷共和国時代の榎本武揚・大鳥圭介・松平太郎の書簡が載ってた。
榎本さんの、『榎本武揚未公開書簡集』には無いやつだなぁ。
全部江差奉行の松岡四郎二郎さん宛てのものだから、
きっと江差郷土資料室に展示してあるやつと同じかな?
やっぱ土方さんの名前は無い(涙)。でも箱館にいるっぽい雰囲気。

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おしゃべりクッキング 6/6~6/10

うちの祖母、本日最初の言葉。

「さっきあの子出てたわよ。あの子」
「え、誰?」 (←確信犯)
「ほらあの、土方さんの役やってた子」
「あ~山本耕史?」
「そうそう。さっき出てたのよ。料理の番組に。
 教えてあげようと思って」
「大丈夫、見てた(笑)」
「あら、見てた?」

祖母はいつも大体おしゃべりクッキングを見ているのです。
今週はずっと山本耕史さんがゲストなんですよね?たぶん。
ピアノも出来るんだ…!!音楽好きだからかな?
「あつっ!」とか言ってんのが可愛かったり(笑)そりゃ熱いよ!

大変だ!副長に油が飛んだぞ!新選組、緊急出動せよ!!
…何が出来るってんだ、新選組(笑)。山崎さん、出番です!


…で。金曜日までずっと見続ける予定ですが、
新しい記事にすんのめんどくすぇーので、これに追記していきまっす。

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うぃんく…

いいな…見たかったぜ。るるる。
明日からのおしゃべりクッキングは見れそう。

昭和海軍のモットー

掟なのか標語なのかよくわかりませんが、祖父の海軍時代、

一つ、軍人は要領を本分とすべし。

というものがあったそうです。陸軍と共通なのかも知れんが。
祖父も詳しい意味はわからなかったそうですが、まあ、
「要領良くやってりゃ何でも許されるという事だろう」と解釈して、
いろいろ要領良くやってたみたいです。

月明星稀-さよなら新選組-

第7巻の発句は"白牡丹"だ!!私が一番好きな句!
男性作家さんが描かれる新選組漫画は、どうもこう、お堅いと言うか、
絵が暑苦しいとか(笑)、下な描写が多いとか、
そんな理由で、ザァッと立ち読みして買わない、てのが多いんですが、
これは毎巻買ってるなぁ。
絵はゴツい方なんですけど、描写が細かいし、史実に詳しいし。
あ!何より土方さんがちゃんと美形だからかも知んない!!(笑)
美形って表現が出てくる割に、絵的に…なの多いんだもん。
だからって、露骨にキラキラし過ぎな土方さんてのもヤダけど。

月明星稀-さよなら新選組 7

幕末恋華*新選組

すっごい人気あるみたいですね。去年のクリスマス?発売だっけ。
もともとゲームで、それは私も買って遊んだんですけど(笑)、
ファンブックとかCDが凄い売れてるみたい。
アマ○ンで「新選組」検索したら、売上1位だったんで驚き。
なんか、声優さんとか作画の方が人気みたいな感じでしたけど…。
き、気になる…(汗)。でもきっと買わない。
友人、買ってくんないかな~。買ったら見せてもらうのに。(買え!)

幕末恋華・新選組

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山南さんの切腹

※3月に書いた記事『山南氏の切腹?』を訂正しました。

『学海日録』明治21年10月14日の欄に、

かねて演芸矯風会より招きによりて、中村座の戯を観る。松本亮順氏に会う。(中略)松本が京師に在りし時、近藤勇が組の者のうち、約に違い市中に乱暴せし者の、自殺せしめらるる者を見たりとて語るに、その人は山南某とやらん水府人なりとぞ。

て書いてあるんです。
松本亮順って、元幕府御典医松本良順さんの事で間違いないと思う。
同じ時期の他の資料に松本了順って書かれてたりすることあるし。
でも山南さんの切腹って慶応元年2月23日でしょ?
近藤さんが江戸で初めて良順さんにあったのが、元治元年の10月。
その後、良順さんが入京したのは、慶応元年閏5月と言われてます。

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『榎本武揚未公開書簡集』榎本隆充

図書館で借りました。買ってません。高いから。
全121通。内、土方さん存命中に書いたもの、9通。少なっ!!
土方さんの名前は出てきませんでした。あう、残念。(涙)
でも明治3年3月26日付書簡にちょっと気になる一文を発見。

私義、これまでの艱難・配意などは、とても御面会つかまつらず候はでは、紙筆に尽くし難く候。さりながら、一語にて申し上げ候えば、衆に代し生命を棄て候段、士道に背き候事これなく候あいだ、この事、御安心くださるべく候。

一部読みやすくしてみた。獄中から母と姉に宛てた書簡。
だから何ってこともないけど。(笑)士道っていう言葉が、なんか。
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